王様の耳は

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zoom RSS もしらばSS 明穂アフター

<<   作成日時 : 2007/12/16 20:02   >>

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 こんばんは。久しぶりに銀座に行ったら別世界になっていて(何だあの○I○Iは!?)、時代に取り残された感の非常に強いmiyaという者です。

 え〜と、以前お知らせしたように、「赤い糸」感想が一向に進まないので、先にSSを公開します。内容は明穂エンドのその後の話で、今回アップするのはその最初の部分です。

 まあ筋としては感想をきちんと終わらせてからSSに移るべきなんでしょうがね。よせばいいのに、感想その2で扱った後の話の原稿おこしなんて始めたものだから、時間がかかるかかる。下手したら年内に終わらないかもというところです。

 そんなわけで感想については期待しないで待ってやってください。以上、業務報告でした。あまり能書きが長いのも何なので、さっそくSSにいきたいと思います。

 あ、明穂アフターと言うことなので、当然ネタばらしまくりです。そのつもりで読んでください。あと、本編と違って18禁要素は皆無なので、「炉莉明穂可愛いよハアハア」という期待はしないように。ではでは〜〜。







――ええとね…っ、カズちゃん、私、私ねっ!

 十年の時を隔てて再会した少女は、あの頃と同じ屈託のない笑顔で、僕に言ったんだ。

――海に行きたいなっ!

 でも、そのためにクリアしなくちゃならないハードルは思った以上に多くて――
 なんというか、僕たちの二度目の恋は、その始まりからして前途多難で、波乱に富んだものだった。





もしらばSS 明穂アフター

一樹をプロデュース その@

作 miya




1 彼女について私が知っている二、三の事柄

「へぇ〜〜っ、本当にお医者さんになったんだ。さ〜〜すがカズちゃん、すごぉ〜〜い!!」

 明穂と再び巡り合えた、あの夏の日。
 僕たちは姫宮の街を一望のもとに見下ろす丘の上――僕たちだけの秘密基地にいた。大きく枝を広げた楢の木の下、二人並んで座ったまま、時の経つのも忘れ、夏の午後の強烈な日差しも気にせずに、夢中になって話し込んで。

 あれからのこと、今のこと。明穂のこと、僕のこと……
 会えない時間が長かったぶん、その空白を埋めるかのように、話題は尽きることがなかった。

「まだ研修医だけどね」
 で、目下の話題は仕事の話。先刻公園で元クラスメートのくーちゃんに言った台詞を、僕はもう一度繰り返した。
「それでもたいしたもんじゃない。国家試験一発で通ったんでしょ? 偉いよカズちゃん、うん、うん」
 一人前の大人みたいに、もっともらしく腕組みなどして、しきりに頷いたりしている明穂。
 なんか、そういう彼女の方がずっと偉そうに見えるのは気のせい……ではないだろう。たぶん。
 でも、そんなところも、僕のよく知っている、あの頃の野乃崎明穂と少しも変わってなくて。
 何だか、嬉しくなってしまう。

「カズちゃん?」
と、明穂がひょいと僕の顔を覗き込んでくる。
「え……?」
「どうしたの? 急にニヤニヤしちゃったりして」
「いや……別にその、ね」
 咄嗟に誤魔化そうとするが、うまい言葉が出てこない。
 さすがに、明穂と再会できたのが嬉しくて堪らないからと言うのは恥ずかしかった。

 そんな僕の様子に、明穂が悪戯っぽく笑ってみせる。
「あのね、カズちゃん」
「な、何?」
「私も、嬉しいよ」
「……」
 見透かされてるし。
 やっぱり、明穂には敵わないな。

「そ、そういえばさ」
 照れ隠しもあって、半ば強引に話題を変えてみる。
「最近、こっちに引っ越してきたんだってね?」
「え? うん……そうだけ、ど?」
 なんで知ってるの、と言いたげな視線。それには構わず先を続けた。
「てことは、学校はやっぱり――?」
「うんっ! またまた、藤美台小学校に、転校してきましたー!」
 元気よく返事をする明穂。その膝の上で丸くなっていたジゼルが、彼女の声に一瞬驚いたように顔を上げ、すぐにまた興味を失った様子で居眠りを再開した。
 ていうかこいつ、さっきまで僕の膝の上にいたのに、いつの間に明穂のところに移動したんだ? 現金な老いぼれ猫め。
 まぁジゼルも、明穂と再会できて嬉しいということなのだろう。

「藤美台小学校か……懐かしいな」
 ちなみに、家から徒歩十分のところにある藤美台小学校は、かつて僕と明穂が通っていた母校でもある。
「いやだなぁ、カズちゃん。今の台詞、なにげにおじさん臭いわよ」
「む……そりゃ今の明穂に比べたらおじさんかもしれないけど」
「あ、怒った? ゴメンゴメン」
 宥めるように言いながら、小さな手を精一杯伸ばして僕の頭を撫でてくる。

 そんな他愛のないやりとりも昔のままで、口では拗ねてみせながらも、僕はもう何年も味わったことのない、心地よい幸福感に浸っていた。

 明穂が、側にいてくれるという幸せ。

 とは言うものの――

「ん……?」
 僕の視線に気がついた明穂が、小首を傾げてこちらを見る。
「なぁに、カズちゃん。どうかした?」
「いや、その……」

――それでも、僕と明穂の関係は、何から何まで昔と同じという訳ではなくて。

「その、やっぱり明穂だなって。変わってないなって思って、さ……」
「ほぇ?」
 一瞬きょとんとした明穂は、けれどもすぐにふわりと、大輪の花が咲くような満面の笑みを浮かべると、こう言ったんだ。
「そりゃーもう! これでも私、生まれ変わるときに、カズちゃんにすぐ気付いてもらえるようにって、すっごく頑張ったんだからねっ!!」

 そう。十年ぶりに再会した少女は、昔と少しも変わっていなくて。
 けれど、少しばかり問題なのは、その『昔』というのが、僕たちが初めて出会った頃――二十年近くも前だということで。

 端的に言おう。僕の目の前で笑っている野乃崎明穂は、どこから見ても申し分のない、現役バリバリの小学生だったりするのだ。



2 memories

 ……
 …………
 ………………
 野乃崎明穂は、僕の幼馴染みで、家族同然の存在で、そして誰よりも大切な恋人――だった。
 だった、と過去形になっているのは、明穂は十年前に死んだからだ。


 もう二十年近い昔、事故で両親を失った明穂は、妹のつばさと一緒に、遠い親戚である鳩羽家――僕の家に引き取られた。
 明穂はひげの伯父さま、つまり僕の親父に、つばさともども拉致されたって、笑って言ってたっけ。

 それ以来、僕と明穂とつばさは、ずっと一緒に暮らしてきた。明穂もつばさも、僕にとっては何物にも替え難い、大切な家族だった。
 特に同い年の明穂とは、どういう訳かいつも同じクラスということもあって、実の姉弟以上に強い絆で結ばれていたと思う。

 ちなみに、同い年なのになぜ姉弟なのかというと、誕生日が半月ほど早いという甚だ説得力に欠ける理由を盾に、事あるごとに姉貴風を吹かせる傍迷惑なヤツがいたからである。

 ともあれ、そうした二人の結び付きが、恋と呼ばれる感情に変わっていくのに、そんなに時間はかからなかった。
 僕はかなり早い頃から明穂を一人の女の子として意識していたし、それはたぶん、彼女の方でも同じだったんじゃないかと思う。

 その割に、僕たちがお互いの気持ちを確かめ合って、晴れて恋人同士になったのは、もっとずっと後――高校三年のことだったんだけどね。

 我ながらのんびりした恋だと思う。きっと僕も明穂も、あんまり長いこと一緒にいたものだから、いつの間にかそれが当たり前になって、今更改めて恋人関係になる必要を感じなかったのだろう。
 でも、まぁ。外野(つばさのことだ)にせっつかれたり、僕自身、そろそろけじめをつけた方がいいかなって気になったりしたこともあって、漸く長い春に終止符を打つことにした。夏休みの直前に、僕は明穂に告白し、彼女もそれに応えてくれた。

 僕たちは正式に恋人として付き合うことになったんだ。
 嬉しかった。幸せだった。
 僕も明穂も、これから始まる新しい日々を、心から楽しみにしていた。

 なのに――

 僕たちの幸せは、一週間と続かなかった。

……明穂は、突然の病で、呆気なくこの世を去った。

 それはあまりに急過ぎて、僕もつばさも、明穂の死という事実を、どう受け入れていいか全くわからなかった。
 悲しいとか泣きたいとか、そういった気持ちが起きてこなくて、自分でも呆れるくらいだった。空っぽな心を持て余し、ただただ途方に暮れるしかなかった。

 僕と明穂が二人で刻んでいくはずだった新しい日々は、始まるよりも早く終わりを告げられた。

 たぶん、このとき。明穂が死んだときに、僕の時間は停まってしまったんだ。


 そうして夏が終わり、四十九日が過ぎた頃だった。
 死んだ筈の明穂が、幽霊となって僕たちの前に現れたのは。
 生前と全く変わらない姿で。あんまり変わらなさすぎて、今一つ幽霊だって実感が湧かなかったけど。

 信じられない話だろう。死んだ人間が幽霊になって戻ってくるなんて。僕も最初は信じられなかった。

 でも、今ならわかる。

 僕もつばさも、心のどこかで明穂の死を信じていなかった。信じたくなかった。認めようとしなかった。
 そしてそれは、僕たちだけじゃない。明穂も同じだったんだ。
 ようやく恋人になれた矢先に死んでしまった明穂。
 恋人らしいことを何一つすることなく、永遠に別れなければならないなんて、到底納得できることではなかったのだ。

 だから明穂は、幽霊となってこの世に残った。

 だから僕もつばさも、そんな明穂を受け入れた。

 何のことはない。僕たちは三人とも、明穂の死という現実にどう向き合っていくか、それを思い定める猶予を欲していた。自分なりに決着をつける時間が必要だったんだ。

……明穂が、本当にいなくなってしまう前に。

 幽霊となった明穂は、二か月ほど僕たちと一緒に過ごした後、成仏した。
 その間に起きたいろいろな出来事については、とても一言では言い尽くせない。
 でも、これだけははっきりしている。

 二か月。たった二か月だったけど、明穂と共有できた時間を、僕は、生涯忘れることはないだろう。


 成仏する直前、僕と明穂は一つの約束をした。

 もう一度、恋をしよう――

 明穂は必ず生まれ変わって、今度は幽霊ではなく人間の女の子として還ってくると言った。
 僕は明穂がたとえ全然見知らぬ女性に生まれ変わったとしても、きっと見つけ出してみせると誓った。

 明穂がいよいよ旅立つ時、だから僕たちはさよならは言わなかった。

 だって、これは束の間の別れに過ぎないのだから。
 僕たちは、いつかきっと、巡り合うことができるのだから。
 その日の再会を約して、僕と明穂が最後に交わした言葉は、奇しくも全く同じものだった。

――またね

 そうして明穂は天へと旅立っていった。
 もう一度、僕と出会うために。
 今度こそ、僕と一緒に同じ未来を歩んでいくために――


 明穂を待つだけの日々が全然苦にならなかったと言えば嘘になる。
 いなくなって改めて痛感したのは、彼女の存在が僕の中でいかに大きな位置を占めていたのかということ。
 あの特別な二か月間を過ごした後では、明穂のいない日常はひどく退屈で味気なくて。

 それでも日々は淡々と流れていく。僕は差し迫った当面の問題、即ち受験に専念することで、明穂のいない寂しさを紛らしていた。

――カズちゃんはとーぜん、私と同じところを受けるのよねー。そうでしょ? そ・う・よ・ねっ・?

 明穂の影響、というか要望、いや、より正確に言えば強要もあって、大学はH大の医学部を志望していた。当然、試験は難しい。それでまぁ、言い訳するわけじゃないけど、夏以降いろいろあって、受験勉強の方はあまり進んでいなくて。いくら何でも、そろそろ本腰を入れないとヤバい状態だったのだ。
 万が一浪人なんかした日には、誰かさんと再会したときに何て言われるかわかったもんじゃない。

 合格発表を見に行って、自分の受験番号を発見できたときの、体中の力が抜けるような安堵感は今でも覚えている。

――やれやれ。これで明穂に怒られなくて済む。

 ヘタレと言いたければ言えばいいさ。


 高校生が大学生になったからといって、ライフスタイルががらりと変わる筈もなく。
 相変わらず家と学校を往復するだけの、単調な毎日だった。

 大学生活はそれなりに楽しかった。新しい友人もできたし、毎日がお祭り騒ぎみたいな、喧騒に満ちたキャンパスの雰囲気は決して嫌いじゃない。
 嫌いじゃないけど。それでも。

 それが楽しいものであればあるほど、どうしても考えてしまうのだ。

 本当なら、僕の側で他愛のないお喋りを、いつまでも楽しそうにしているはずだった――

 誰よりも大切な少女のことを。

 明穂の不在という現実は、時折僕をひどく打ちのめした。
 我ながら女々しい奴だと思う。そう言えば明穂にもそのことでよく怒られたっけ。

――カズちゃんっ、ちっとも男らしくなーい!!

 全くもってその通り。

 そんな訳で、大学時代は受験のとき以上に勉強に打ち込んだ。少なくとも勉強に集中している間は、後ろ向きな思考に囚われたりしなくて済む。

 幸いと言うべきか、医学部の学生は、医師になるための国家試験を受ける必要があるワケで。
 サークルにも入らず、合コンに誘われてもご遠慮申し上げて、ひたすら勉学に励んでいた僕だったが、それほど奇異な目で見られることもなかった。
 いつの間にか、『鳩羽は今から必死になって勉強しないと試験をパスできないくらい学力に不安のあるヤツだ』という風評が広まっていたのには、閉口させられたけどね。

 お陰様で国家試験の方はなんとか一発で通った。もっとも、それだって別に偉いとかそんなことは全然ない。明穂は褒めてくれたけれど、要は他に何をする気も起こらず、仕方なしに勉強ばかりしていて、それで結果的に受かったようなものだ。

 う〜〜ん。こうして振り返ってみると、やっぱり暗い青春としか言い様がないな。


 それでも僕は明穂を待ち続けた。
 石の上にも三年と諺にもあるが、気がついたら十年が過ぎていた。

 十年。我ながら気が長いというか辛抱強いというか。
 さすがに、最後の方はちょーっと待ちくたびれて、溜め息ついたりしたこともあったけど。
 それでも。
 よくもまあ諦めもせずに待ち続けたものだと思う。

……もしかしたら、この世界のどこかにいるはずの神様も、そう思ったのかも知れない。

 思って、少しだけおまけしてくれる気になったのかも知れない。

 明穂が逝ってから十年目のこの日。
 僕たちは思いもかけない形で再会した。

 あの日交わした約束はここに果たされた。

 そして。

 長い間停まったままだった僕の時間が、再び歩みを始めたんだ。

 明穂と二人で一緒に刻んでいく、新しい時間が――
 ………………
 …………
 ……



3 お嬢さん、お手やわらかに! 

「……ズちゃん! カズちゃんってば!?」
「え?」

 耳元で大きい声を出されてようやく我に返った。
 見ると、すぐ目の前に明穂の不満そうな顔がある。

「何? どうかした?」
「どうかした、じゃないわよ。カズちゃんったら気がついたらボーッとして黙り込んでるんだもの。これじゃ一人でずーっと喋ってた私が、ばかみたいだわ」
 薔薇色の小さな唇を尖らせる。そうやって拗ねてみせるところは、年齢相応に小学生らしく見えなくもない。

 僕は苦笑しながら片手で拝む真似をした。
「ごめん。考え事」
「もぉっ……カズちゃんってば相変わらずカズちゃんなんだから」
 分かったような分からないようなことを言って僕を責める明穂の方こそ相変わらずだと思う。
 ていうか、黙り込んでる僕にお構いなしに一人で喋り続けていたというのが、明穂らしいというか何というか。
 まぁ、それを言うなら、見た目小学生の少女に叱られてる時点で、社会人としてどうなのかという意見もあるのだが。

 と、ぷくっと頬を膨らませていた明穂が、一転して気遣わしげな視線を向けてきて、
「カズちゃん……そんなんで大丈夫なの? お仕事中もぼんやりして、周りに迷惑かけたりしてないでしょうね?」
 さりげなく失礼なことを言う。
「してないって。高校の時とは違うんだから、仕事はきちんとやってます」
「本当? 『鳩羽先生、目を開けたまま寝てないで、早く患者を診て下さい』とか、看護師さんに注意されたりしてない?」
「あのね……」
 頭を抱えたくなった。高校時代の僕は、そこまでぼんやりしてたのだろうか。
……してたんだろうな、たぶん。

「ほーらほら、反論があるなら聞いてあげるから言ってみなさいよ、鳩羽センセイ?」
 まるっきりいじめっ子のノリで、楽しそうに意地悪なことを言う。ほんと、明穂ときたら、体が小さいだけで中身は十年前と変わらないんだから。
「……明穂」
「んー、なーにかなー?」
「お願いだから『先生』はやめて」
「なんでよ?」
「苦手なんだよ、先生って呼ばれるの。身の丈に合ってないというか、分不相応というか……」
 歯切れの悪い口調で僕が言うと、明穂はまだ幼さの残る顔に、年齢に不似合いなチェシャ猫風の笑いを浮かべてみせた。
「ふっふっふー。そーやっていっつも自分から弱味をばらしたりするから、弄られキャラになっちゃうのだよ。お分かり? 鳩羽セ・ン・セ・イ♪」
「……」
 意地悪だ。これは絶対意地悪だ。
「あぁ、ほらほらカズちゃん、そんなにいじけないで。ね?」
 さすがにやりすぎたと思ったのか、苦笑混じりで宥めにかかる明穂。
「別にいじけてなんか……」
「その台詞のどこがいじけてないっていうのよ」
 思い切り呆れられてしまった。
 なんか、小学生の女の子にそういう態度をとられると、社会人としてのプライドが凄く傷付くんですけど。


「大体カズちゃんはお医者さんなんだから、先生って呼ばれるのは当然でしょ」
 至極もっともな指摘に、僕は肩をすくめた。
「そりゃ勤務中はね。でもプライベートまでそう呼ばれるのは流石に勘弁してほしいかな」
「そーゆーもんなの?」
「そういうものです。つばさもおんなじこと言ってたよ」
「ふぇ?」
 何の気なしに言った台詞に、なぜか明穂が反応した。
「なんでそこでつばさが出てくるわけ?」
「え? なんでって……」
 純粋な疑問符を顔に浮かべて訊き返してくるものだから、僕の方が戸惑ってしまう。

 ああ――

「そういや明穂にはまだ話してなかったっけ」
「はい?」
「だからつばさのこと」
 思い出した。未だに鳩羽家で同居中とか彼氏の一人もいないとか、そういったことは話したけど、肝腎なことは言ってなかったんだ。
「そうだよね……明穂にも関係あることなのに」
「こーら、カズちゃんっ! 一人で納得してないで、私にも分かるように説明しなさいっ」
 むーっと頬を膨らませて明穂が僕を睨む。
 笑ったり怒ったり拗ねたりと忙しいことだが、ころころ変わる彼女の表情を見てるのは、正直楽しい。

 何と言っても十年振りなのだから。

「なにニヤけてるのよ?」
 で、また怒られたりする。
「ごめん。つばさのことだったよね」
「何考えてたんだか」
「一々合いの手入れなくていいから――それでね、今、先生やってるんだよ」
「へ?」
 明穂は目をぱちくりさせた。
「せんせい……?」
「うん。あ、この場合の先生っていうのは医者じゃなくて学校の教師の方なんだけど」
「……誰が?」
「だから、つばさが」
「つばさが……?」
「ついでに言うと、明穂の通ってる藤美台小の先生だよ。二年生の担任やってる」
「なーんだ、そーなんだ――」
 納得したように頷きかける明穂だったが、

「――って、ええええええっっ!!!

 久し振りに聞く絶叫は、やっぱり物凄い大音量だった。300デシベルぐらいあったんじゃないかな。いや適当だけど。
 彼女の膝ので惰眠を貪っていたジゼルが一瞬で目を覚まし、尻尾を膨らませて飛び出したくらいだ。

「……明穂、声大きい」
 くらくらする頭を振って抗議したけど、彼女は全くお構いなしの様子で僕に詰め寄り、
「なななんでつばさが学校の先生なんかやってるのよっ!?」
 鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離で詰問してくる。
「なんでって、そりゃつばさの選んだ道だし」
「そーゆー問題じゃないでしょう!」
「そういう問題以外の何物でもありません。ていうか明穂動揺しすぎ」
「だってだってつばさよ! あのつばさよっ! あのつばさが先生なのよっ!!」
「……その三段活用は、激しくつばさに失礼だと思う」
 小さな手をバタバタさせて狼狽える明穂が可笑しくて、たしなめる口調もつい緩みがちになる。

「ぅう……わかってるわよぉ、そんなことぉ〜〜」
 ようやく僕から離れた明穂が、左右の拳を合わせるようにして、上目遣いに僕を見る。
「でもでもぉ〜〜、仕方ないじゃない。いきなりつばさが先生やってるって言われたって、イメージ湧かないわよぉ」
「はは……それもそうか」
 考えてみれば、明穂の知ってるつばさは、高校一年生で、何事にも一生懸命で、でもまだまだ頼りない妹だったわけで。今のつばさの姿は想像もつかないだろう。

 実を言えば、僕たちの共通の知り合いで教師をやっているのがもう一人いる。つばさでこれだけ大袈裟な反応を示したのだから、そいつのことを話したら明穂がどんな顔をするか。見てみたいがちょっと怖い気もする。

「でも、学校でつばさに会ったりしなかったの?」
「だって……二年生の担任なんでしょ。私、今四年生だから教室が離れてるし、転校してすぐに夏休みになっちゃったし……それに、仮に会ったとしても、それがつばさだなんて気付かなかったわ、たぶん」
「どうして?」
「どうしてって……あのね」
 なぜか溜め息をつかれてしまった。
「言ったでしょ? 私、今日カズちゃんを見つけて、それで、昔の記憶を思い出したって」
「ああ……」
 もし学校でつばさと会ったとしても、それは見知らぬ女の先生と会っただけということか。
「もぉ、ちゃんと覚えといてよね」
「ごめん……なんか今日はいろいろありすぎて、さ」
 そりゃ早く会いたいとは思ってたけど、今日ここで、こんな形で、小学生の明穂と再会するなんて全く想定外で。
「頭の中がごちゃごちゃで、気持ちの整理もまだついてない状態なんだ」
「情けないなぁ……でも、そうよね」
「明穂……?」
「私も、同じかも。カズちゃんと、おんなじ。カズちゃんを見つけて、記憶が戻ってきて……嬉しいけど、ちょっと、混乱してる」
 恥ずかしそうに言うと、明穂は僕の隣りに移った。スカートの膝を抱えるように体育座りをして、膝の上にちょこんと顎を乗せる。

 束の間、会話が途切れる。
 それまで全く意識しなかった蝉時雨が、うるさいくらいに僕たちを包み込んだ。

「……」
 考えてみれば、ついさっきまでただの小学生に過ぎなかった女の子が、突然、野乃崎明穂として生きてきた十八年の記憶を思い出したのだ。
 それを前世の記憶と呼んでいいのか分からないが、普通だったら膨大な記憶の再生にパニックを起こしてもおかしくないだろう。明穂は混乱してると言うけど、その程度で済んだのはある意味ラッキーかもしれない。

「ここで――」
 ぽつりと零れる言葉。
「ここで、お別れしたのよね」
 体育座りのまま、ちらりと僕を見る。心なしかその頬が赤い。
「ちょうどこの場所で。カズちゃんの、腕に抱かれて……」
「そうだったね」
 十年前のあの日、明穂が成仏した夜のことは、昨日のことのようによく覚えている。
「ふふっ……あのね、あの時のカズちゃん、カッコよかったよ」
「えーと……」
 悪戯っぽく、でも嬉しそうに微笑んでくる明穂が眩し過ぎて、意味もなく視線を逸らした。彼方に広がる姫宮の市街に目を向ける。

 しばらくそうやって、二人で見るともなしに遠くの街並を眺めていた。
 気怠い夏の午後。照り付ける日差しはまだまだ衰えを見せず、時折吹く生暖かい風に、楢の梢が潮騒のような音をたてながら揺れている。

 やがて明穂が口を開いた。
「不思議、よね……」
「うん」
 彼女が何を言わんとしているのか、なんとなく分かるような気がした。


 僕たちだけの秘密基地――雑草に覆われた獣道同然の小道を登り詰めた先にある、天然の展望台。この場所を僕らは昔からその名で呼んでいた。ここからは、周囲を山に囲まれた姫宮市を眼下に見渡すことができる。

 遮るものもないその眺望の素晴らしさを知る人は僕たち以外にほとんどいない。そういう意味でもここは秘密基地、僕たちだけが知っている特別な場所。
 そう、僕と明穂にとって、ここは本当に特別な場所だったんだ。

 この場所で僕は明穂のことを、一人の女の子として好きになった。その時から、彼女はずっと、僕の一番綺麗な宝物だった。

 明穂とファーストキスをしたのもこの場所で。

 幽霊となった明穂がいよいよ旅立つ時、残された最後の時間を、ここで二人過ごし。

 そしてその同じ場所で、こうして僕たちは再会を果たしたんだ――

 本当に、世界は不思議に満ちている。
 気の遠くなるような偶然と奇跡の積み重ねの果てに、僕たちはもう一度やり直すことを、神様から許された。

 今はただ、その僥倖を素直に喜ぼうと思う。


「……なんだか私、浦島太郎になったみたい」
 くすりと笑いながら明穂がおかしなことを言う。
「明穂が浦島太郎だったら、僕は乙姫様になっちゃうよ?」
「あははー、カズちゃんのお姫様姿、見てみたい〜〜。案外似合うかも♪」
「あ、酷いな」
 そりゃ確かに男らしくはないけどさ。
「冗談よ。そういう意味じゃなくて」
 ふわりと柔らかく微笑む。あどけない少女の顔に浮かんだそれは、十年前の明穂を彷彿とさせる微笑だった。
「いざ再会してみたら、カズちゃんってばすっかり大人の人になってるんだもの。そしたら今度は、つばさが先生だっていうでしょ?……まぁ、頭では分かってるんだけど、なんか、自分だけ時間に取り残されたみたいで、変な感じなのよねぇ」
 それは明穂が昔の記憶、僕やつばさ達と過ごした思い出を取り戻したが故の戸惑いなのだろう。
 生まれ変わってからの十年近い年月は、明穂にしてみれば竜宮城で浦島太郎が過ごした日々のようなものだったのかもしれない。

「折角なら玉手箱もあればよかったのにね」
「なぁに、カズちゃん。私がお婆さんになった方がいいってわけ?」
「いや、そういうんじゃないんだけど……」
 何と説明したものか、上手い言い方を考えていると、おもむろに明穂が立ち上がった。
「明穂……?」
 どうかしたの、と声を掛けようとした僕に、彼女はスカートについた埃や草の切れ端をぱたぱたと払いながら言った。
「私、そろそろ帰るね」
「えっ!?」
 突然の帰宅宣言に、素直に面食らった。
 もしかしてさっきの玉手箱発言、そんなに気に障った……!?
 なんて、内心の焦りが表情に出ていたのだろう。
「違うわよ。もう時間も遅くなってきたから。ほら?」
 苦笑混じりに明穂が右手を上げる。
 確かに。彼女の指差す方を目で追うと、いつの間にか西の稜線がうっすらとオレンジに色づき始めていた。
 うだるような暑さは相変わらずだが、吹き抜ける風は微かに日暮れ時の涼しげな気配が感じられる。

「はは……随分話し込んじゃったね」
 今更ながらに時計を見て呆れてしまう。
 昼食後、ちょっと散歩とつばさに断って家を出てきたのだが、これはもうちょっとというレベルではない。
「楽しい時間って、あっという間に過ぎちゃうものなのよねぇ」
 大袈裟に嘆いてみせる明穂だったが、これについては僕も全く同意見。
 できることならもっと明穂とこうして話していたい――それが僕の偽らざる気持ちだったんだ。
「ねぇ、明穂」
 で、提案してみた。
「帰る前にうちに寄ってかない? 冷たい麦茶くらいなら出せるよ。それにつばさにも早く会わせてあげたいし」
「遠慮しときます」
 速攻で断られた。
「なんで?」
「……」
 素朴な疑問のつもりだったのに、返ってきたのは微妙すぎる視線。
「えーと……?」
「カズちゃん、なんにも分かってなーい」
 おまけに、深々と溜め息までつかれてしまった。
「考えてもみてよ。成仏したハズの姉が、こんなちっちゃい格好で『つばさ、やっほ♪』って現れたらどうなると思う? あの子、卒倒するわよ」
「卒倒はいくら何でもオーバーな気がするけど」
「……それに、私だって心の準備ってものが……」
「?」
 何となく引っ掛かる言い方だった。
 けれど僕が訊き返す前に、明穂は元の明るい表情に戻っていた。
「うん。私も、カズちゃんともう少しお話ししていたいけど、やっぱり今日は帰ることにする。あんまり遅くなると、お母さんが心配するしね」
「え?」

 オカアサン……?

 今、明穂の口から物凄ーく違和感のある単語が飛び出したような気がするんですけど。
「……」

 一時的に機能停止状態に陥ってしまった僕を見て、明穂は手をぱたぱたさせながら、可笑しそうに言った。
「いやだなぁ、カズちゃん。私、生まれ変わったとは言ったけど、だからって木の股とか海の泡から生まれてきたワケじゃないのよ」
 それはつまり今の明穂には両親がちゃんといるということで。
 まぁ確かに、父親と母親がいなければ、彼女が再びこの世に生まれてくることもない訳で。
 でも――
「明穂の、親御さん……?」
 さっきの明穂の台詞じゃないけど、想像もつかない。
「お父さんもお母さんもいい人よ。そのうちカズちゃんにも紹介してあげるわね」
「それって……?」
「言ってくれるんでしょ? 『お嬢さんを僕に下さい』って」
「……」
 自分がそんな恥ずかしい台詞を口走る場面を想像してみた。
「……今は遠慮しときます」
「ほーら、いきなりそーゆーこと言われても、心の準備なんてできないもんでしょー?」
「わかったよ。ごめん」
 さっきのつばさのことで仕返しをされた形だが、こればっかりは明穂の言う通りなので、僕としては謝るしかなかった。
「ふっふー、素直でよろしー♪」
 機嫌良く言うと、明穂は僕の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「ね、カズちゃん、明日も会える? 予定とか入ってない?」
 予定も何も。
「明日は日曜日だから仕事もないし、僕は平気だよ」
「よかったー。じゃ、明日も同じ時間にここで、ね?」
「うん、いいけど……」

 別に秘密基地で会うのは全然悪くはないけど、どうせならどこかに遊びに出掛けるか、それこそ海にでも行った方が楽しいんじゃないかな――?

 と、その時は思った。
「それじゃカズちゃん、また明日」
「うん」
「ジゼルも、ばいばい」
「うにゃ」
 律義に返事をする老いぼれ猫である。

 くるりと回れ右した明穂は、そのまま丘を下る小道へと走っていった。
 が、何を思ったのか、すぐにこちらに引き返してくる。
「どうしたの? 忘れ物?」
「うん。一番肝腎なこと、忘れてた」
「?」
 首を傾げる僕を、明穂はどこか悪戯めいた笑顔で手招きした。
「ね、カズちゃん。ちょっと……?」
「何?」
「ふふっ、いいからいいから」
 内緒話でもするように、片手を口許に当てたりしている。
「一体何だって――」
 ぶつくさ言いつつ、何の気なしにそちらに顔を寄せた瞬間――

 ちゅっ。

 頬に、温かくて柔らかいものが軽く押しつけられる感触。
「なっ――!!」
「えへへー、再会のキス♪」
 僅かに顔を赤らめながら明穂が笑う。
 僕の方は笑うどころじゃない。今になって心臓が早鐘を打ち出してパニック状態だった。
 明穂の唇が触れた頬が、そこだけ別の物のように熱を持ち始める。
「あ、あきほ――」
「なーに照れてるのかなー、このカズちゃんはっ?」
「照れてるんじゃなくて……あのね」
「あ、それとも大人のキスの方がよかった? でもだめよ。そっちはもうちょっと待っててね。さすがにまだカズちゃんには警察に捕まってほしくないしねー」
 わざとだ。絶対今のは確信犯だ。
「……あ〜〜き〜〜ほ〜〜」
「なーに?」
「大人を、からかうんじゃ、ありませんっ!!」
「わっ、怒った? ゴメンねーっ」
 捕まえようとするより早く身を翻すと、明穂は今度こそ小道の方へと駆け出していた。
「あっ、こら明穂――」
「あははっ、それじゃカズちゃん、まったねー♪」
 軽く手を振ると、獣道同然の悪路を、ジョギングコースか何かのように事もなげに駆け降りていく。

……野生児ですか、キミは?

 丈の高い雑草に遮られて、たちまちその小さい背中は見えなくなってしまう。
「まったく……」
 この日何度目かの溜め息をつき、僕は明穂にキスされた頬にそっと手をやった。
 彼女の唇の感触が残るそこは、まだ微かに熱を持っているような気がした。
「やれやれ、だよな」
 呟いた言葉とは裏腹に、自然と口許から笑みがこぼれてくる。
「はは……はははっ……」

 十年経っても相変わらず僕は明穂に振り回されっ放しで。

 それが全然嫌じゃない自分にちょっと呆れたりもしたけれど。

 それでも僕は――

「あははっ……あははははっ……」
 とても、幸せだったんだ。



「ただいまー」
 そうして僕は家に帰り、
「お兄ちゃん、お醤油は?」
「あ……」
 頼まれていた買い物をすっかり忘れて、つばさにこっぴどく叱られることになる。



一樹をプロデュース その@ おしまい




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従順な妻というものは、夫に従うことで夫を支配する
Esposa obediente domina su esposo de obedecerlo.(エスポサ オベディエンテ ドミナ ス エスポソ デ オベデセールロ) ...続きを見る
スペイン語 フレーズ集,もしらばSS 明...
2007/12/19 18:04

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