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これからお話しするのは、「もしも」の物語。 もしもあの時、千早が罪を犯さずにいられたなら―― もしもあの時、明穂さんが命を落とさずにいられたなら―― 本当だったらこうなるはずだった、もう一つの世界…… あの時、一樹さんが告白をしたあの時に、誰もが疑わなかった幸せな夏休み…… 『もしも明日が晴れならば 番外編』、始まります。 千早は、その幸せを、見つめていたい…… (もしらばドラマCD「もしも明穂が生きてたら」OPより) もしらばAnotherStory 彼女はたぶん魔法を使う その1 presented by miya ☆10/3(火) 彼女はたぶん機嫌が悪い 「あ、あの、佐倉麻里です。よ、よろしくお願いします!」 そう言って彼女――佐倉さんはぺこりと頭を下げた。焦茶色の髪の毛を両サイドで束ねている細身の赤いリボンが、頭の動きに合わせて元気よく跳ねる。 「こちらこそよろしく。園芸部副部長の鳩羽一樹です――って、僕のことはもう知ってるよね」 「は、はい。きのう体育館でお見掛けしましたから……」 お話しはしませんでしたけど、と消え入りそうな声で付け加える佐倉さん。 ちょっとおどおどした感じなのは、緊張しているからだろう。無理もない。聞けばつばさと同じ一年生だという。それがいきなり、演劇部からたった一人、訪れる者とて滅多にない体育館裏手の温室に出向するよう命じられたのだ。 しかもそれが鬼の演劇部部長、香坂彩乃女史直々の勅命となれば、不安を感じない方がおかしい。 とはいえ、貴重な戦力が初日からこの調子では今後の作業に重大な支障をきたすことになる。僕は彼女の緊張を少しでも和らげようと、精一杯優しそうな笑顔を作ってみせた。 「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。うちはほら、演劇部みたいな体育会系じゃないから、先輩後輩の区別とかうるさくないし」 「……すみません」 そもそも先輩風を吹かせたくても、我が姫宮学園園芸部は部長と副部長の合わせて二名しか部員がおらず、しかもその二名とも同学年なので、そんな前近代的な風なんて吹きようがないのである。 「それに今日は仕事の説明と温室の整理がメインだから、そんなに大変じゃないと思うよ。せっかく手伝いに来てくれた女の子に、初日から重労働はさせられないしね」 「……お気遣いいただいて、すみません」 「いいって。こっちは来てもらえるだけで大助かりなんだからさ。それで、本格的な作業は明日からになると思うから、分からないこととかあったら今のうちに何でも訊いてね」 殊更軽い調子で言ったつもりなのだが、佐倉さんは相変わらず居心地悪そうにもじもじしている。 ……ていうか、微妙に怯えてないか、彼女? 「あの〜〜、佐倉さん。どうかしたの? さっきから落ち着かないみたいだけど」 「ふぇ?……あ――すみませんスミマセン! な、何でもありませんから! き、気にしないでくださいぃ〜〜っ」 ……思いっ切り挙動不審である。 「ごめん。凄く気になる」 「う〜〜っ、すみません〜〜っ……」 どうやら彼女の口癖は「すみません」らしい。 「そんなに何度も謝らなくてもいいけどさ」 コメツキバッタみたいにペコペコ頭を下げる佐倉さんの反応に、訳もなく既視感を覚えながら僕は言った。 「本当に、一体どうしたの?」 彼女はそれでも視線を泳がせながら言い淀む風だったが、やがて僕の背後にちらちらと目を向け、 「え〜〜と、そのぉ、ですね……」 躊躇いがちに口を開いた。 「あちらの方から、先程からそこはかとなく無言のプレッシャーが……」 「……」 成程。 言われてみれば、確かに。 温室の奥の方から何か尋常ならざる圧力を伴った気配が濃厚に漂ってくる。 気のせいか、ゴゴゴとかメラメラとか、本来聞こえる筈のない擬音まで響いてくるような…… やれやれ。 苦笑を洩らしながら、僕はそちらを振り返った。 「いつまでもそんなところで怒ってないで、そろそろ機嫌直したら?」 「別に怒ってないし、機嫌も悪くなんかないですっ」 語尾に(怒 とか付いてきそうな、これ以上ないってくらいの不機嫌な声だった。 10月の穏やかな午後の光が降り注ぐ温室の、色鮮やかな花が咲き乱れる棚の前。腰に手を当て、肩を怒らせながら仁王立ちする少女が一人。 腰まで伸ばした癖のない栗色の髪に、生き生きと輝く、翡翠を思わせる瞳。 均整のとれた体を包んでいるのは、先週まで身に着けていた、見慣れた夏服ではない。 昨日から衣替えなので、今は、クリーム色のダブルのジャケットにボックスプリーツの紺のスカートという、学園指定の冬服姿である。 それと、こちらは季節を問わず変わらずお気に入りの、オーバーニータイプの白のソックス。 生憎と今はムスッと不機嫌な顔をしてるけど、容姿端麗を地で行く彼女は、学年性別を問わず人気が高い。 実際、我が友人、東直之の話によると、学園男子の厳正なる投票に基く「彼女にしたい女子生徒ランキング」において、過去三年間、常にベスト10圏内をキープしていたとのことだ。 もっとも、残念ながらというべきか、ランキングの方は今年の夏以降、急速に圏外に落ちてしまったらしい。 その原因はまぁ、一にも二にも僕にあるのだろうけど。 そんな彼女の名は、野乃崎明穂。 「姫宮学園の誇る才媛」「文武両道の完璧超人」――彼女はそうした言葉を冠されることの多い優等生で。 でも、僕にとっては、我儘でちょっと意地っ張りな幼馴染み。そして何より、この夏、晴れて恋人同士になることのできた、誰よりも大切な女の子だったんだ。 「あのさ、明穂」 溜息混じりに、僕は最愛のひとの名前を呼ぶ。 「怒ってないなら、そんな風に下級生を睨まないの。ほら、佐倉さん、怯えてるよ」 「だぁぁってぇぇ! カズちゃんったら、私以外の女の子と仲良くしてるんだもの」 そう言って明穂は拗ねるようにぷっくりと頬を膨らませた。 その顔のまま、ぴっと僕に人差し指を突き付ける。 「いいこと? カズちゃんは私以外の女の子に優しくしちゃいけないの! 他の子とお話しするのもダメなの! 半径三メートル以内に近付くのも禁止! わかった?」 「あのね……」 無茶苦茶だ。 「それとも何? まさかもう私に飽きたとか言うんじゃないでしょうね。ひどいわカズちゃん! さんざん人のこと弄んでおいて、愛情が失せたら、鼻をかんだ後のティッシュみたいにポイって捨てちゃうつもりなの!? あんまりだわ〜〜っ。よよよよよ……」 「ちょ、ちょっと。誰も明穂のこと捨てるだなんて言ってないでしょ! そんなに簡単に愛情が失せたりするわけないじゃない」 慌てて僕が言うと、明穂はわざとらしく泣き真似をしていた指の間から、窺うようにこちらを見上げた。 「本当?」 「ホントにほんと。これまでも、これからもずっと、僕が好きなのはこの世に明穂一人だよ」 僕の言葉に、翡翠色した明穂の瞳がみるみるお星様状態に潤んでいく。 「嬉しい……カズちゃん、大好き」 「うん……僕も明穂のこと、大好きだよ」 「カズちゃん!」 「明穂! ああ、僕の可愛い明穂!」 感極まった声を挙げながら、僕たちはお互いに向かって駆け寄った。そのままひし、と固く抱き合う。 「……ごめんね、カズちゃん。下級生の女の子にやきもち焼くなんてみっともないことして。これじゃ私、恋人失格よね……ぐすん」 「そんなことないよ。だってそれって、明穂がそれだけ僕のことを本気で想ってくれているってことでしょ? そんな風に恋人に想われる僕は、幸せだと思うよ」 「カズちゃん……」 「それにほら、適度な女性の嫉妬は、その女性の魅力を高めこそすれ、損ねたりはしないって、かの紫式部も言ってるくらいだし」 「……そうなの?」 「え、えーと、紫式部じゃなくって清少納言だっけ……?」 「くすっ……どっちでもいい。嬉しいよ、カズちゃん」 透き通った秋の陽光が、柔らかく僕たちを包み込む。明穂と抱き合ったまま交わす、他愛ないやりとりが心地よい。僕はしみじみと、愛しいひとと二人きりで過ごすこのささやかな幸せをかみしめ――って、あれ? 「……あのぉ〜〜、私は一体どうすれば……」 背後から佐倉さんの、少しだけ呆れてかなり途方に暮れたような声。 しまった。明穂に気を取られてすっかり彼女のことを忘れていた。 これじゃ委員長や直之に、「明穂が絡むと周りのことが目に入らなくなる」と揶揄されてしまうのも無理はない。 「えーと、佐倉麻里さん……だったかしら」 「明穂……?」 途中で水を差されてまた機嫌を損ねるかと思ったが、明穂は気を悪くした風もなくあっさり僕から離れた。 そのまま佐倉さんの方に歩み寄り、 「初めまして。園芸部部長の野乃崎明穂です」 にっこりと、完璧な笑みを湛えて右手を差し出す。 おお、さすがは筋金入りの猫かぶり。 「カズちゃん?」 笑顔のまま僕に流し目をくれる明穂。 「今、何か失礼なこと考えてたでしょう」 「めめ滅相もない」 慌ててぶんぶん首を振る僕には構わず、明穂は佐倉さんに向き直った。 「正直言うと、まだ歓迎って気分にはなれなくて申し訳ないんだけど、忙しい中、手伝いに来てくれたことには本当に感謝しています。ありがとう。これから一週間、よろしくね」 「い、いえ、そんな……」 おっかなびっくりという感じで、差し出された手を握り返す佐倉さん。 まぁあんな般若みたいな顔で睨まれたら誰だって―― 「カ〜〜ズ〜〜ちゃ〜〜ん〜〜っ!!」 「ひ〜〜っ。ごめんなさいゴメンナサイ!」 な、何で僕の考えてることが分かるんだ。もしかして明穂って超能力者!? 「そんなことあるわけないでしょ。あのね、何年一緒に暮らしてきたと思ってるのよ?」 「……成程」 僕の考えてることくらいお見通しって訳か。う〜〜む、幼馴染み恐るべし。 「ふぇ? い、一緒に暮らしてらっしゃるんですか」 明穂の言葉を聞き咎めた佐倉さんが目を丸くする。 「ん〜〜、訳あってカズちゃんの家に居候させてもらっているのよねー。もう十年近くなるかしら。だからカズちゃんとは幼馴染みっていうより、家族に近い関係、かなー」 「ほぇ〜〜……」 驚いたのか感心してるのか、佐倉さんが空気の抜けたような合の手を入れる。 「でね、でね! 最近はそれに、恋人って属性も加わったりしてるのよね〜〜。ふふ、うふふふふふ〜〜っ♪」 幸せ一杯な声で言うと、明穂はテレテレと蕩けてしまいそうな笑顔になった。 あ、佐倉さん微妙に引いてる。 無理もない。普段の優等生然とした明穂とお花畑全開の今の彼女とではギャップがあり過ぎるからなぁ。 そんな明穂も可愛くてたまらないと思ってしまう僕はやっぱり彼女のことしか見えていませんかそうですか。 「でも、さっきはニラんだりしてゴメンね〜〜。別に佐倉さんのことが嫌いとか、そーゆーワケじゃないのよ」 「そ、そんな、気になさらないでください」 両の拳を握った格好でわたわたと焦る佐倉さん。なんか、今日初めて会ったはずなのに、そういう仕草に妙に親近感を抱くのは気のせいだろうか。 明穂も同じことを考えていたのか、小首を傾げて佐倉さんを見ていたが、やがてふっと苦笑を洩らすと、 「ただね、私って自分でもアレかなーって思っちゃうくらいやきもち焼きだから。カズちゃんが他の女の子と仲良くしてるだけでつい、ね。嫉妬の炎がこう、めらめらーってなっちゃうのよ」 「そうそう。そのたんびにこっちは消火活動に追われて大変なんだ。ははは……」 「あーっ! 何よぉ、その言い草。そもそもはカズちゃんが浮気しようとするからいけないんじゃない」 「クラスの女子に連絡事項を伝えただけで浮気扱いされるのもどうかと思うんだけど……」 「お二人とも、仲がよろしいんですね」 僕と明穂の夫婦漫才を眺めていた佐倉さんが、穏やかな微笑を浮かべながら言葉を挟んできた。 「あは、あはははー……仲がいいというか、我ながらバカップルだな〜〜とは思ってるんだけどねー」 「そんなことないですよ……でも、すみません……なんか私、お二人の邪魔をするために来たみたいで」 「いいのよ、別に――いやホントは全っ然よくないんだけど、でもそれは佐倉さんが悪い訳じゃないものね」 そう言うと明穂は急に険悪な表情になって、温室のガラス越しに体育館の方を向いて、 「悪いのはアイツよ、あの、悪の総統!」 憤慨した口調で決め付けた。 「――香坂彩乃、許すまじ!!」 「悪の総統って……そこまで言わなくても」 「ちょっとカズちゃん! 私たちのことなんだから、カズちゃんももっと怒りなさいよ」 「だからって中指立てるのはやめようよ……」 それに今回の件に関しては、委員長だけが一方的に悪いとも言い切れないわけで。 いや、有り体に言えば、そもそもの事の発端は、明穂も認めたように、僕たちのバカップルぶりにあったと思うんだ。 (つづく) ![]() ↑見ての通り完全な番外編です web拍手を送る |
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前作も楽しく拝読しました。 |
かわらひわ 2008/05/26 02:21 |
かわらひわさんへ |
miya 2008/05/26 21:45 |
どうもお久し振りです。 |
テクテク 2008/05/27 09:01 |
テクテクさんへ |
miya 2008/05/28 22:25 |
まってましたあ!! |
mata 2008/05/30 23:02 |
mataさんへ |
miya 2008/06/01 23:52 |
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